帰蝶 ―― 記録の余白に立つ女
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その人の名さえ、確かではない。
濃姫。あるいは、帰蝶。 美濃の蝮と呼ばれた斎藤道三の娘に生まれ、尾張のうつけ――織田信長のもとへ嫁いだ女。
戦国の表舞台に、これほど近く立ちながら、これほど語られなかった人もいない。
婚礼の年も、没した年も、確かなことは分からない。 本能寺で夫とともに消えたとも、安土の落城まで生きたとも、ずっと後の世まで在ったとも言われる。 史料は、彼女のことをほとんど語らない。
残っているのは、いくつかの逸話と、父・道三が娘に持たせたという、短刀の話くらいだ。
「されば、舅を刺す刀にもなりましょう」
道三が信長を案じ、もしうつけが本物なら刺せと刀を渡したとき、帰蝶はそう応じたという。 ――誰を刺すための刃なのかは、言わなかった。
この逸話さえ、後年に編まれたものだ。本当に交わされた言葉かどうかは、わからない。
不思議なのは、これほど記録が少ないのに、彼女が「いなかった」とは誰も思わないことだ。
道三と信長。戦国でもっとも危うい二人の男のあいだに置かれた、一人の娘。 その沈黙の奥に、何があったのか。語られなかったぶんだけ、想像の余地が残されている。
もし、その余白の奥を覗いてみたくなったら。
〔濃姫・斎藤道三・織田信長を扱う評伝/史料〕
記事で触れた短刀の逸話と、美濃と尾張の政略の奥へ。掲載時に書名とアフィリリンク(もしも経由)を差し替える。
この本をひらく ― 記録は、彼女を語らない。
けれど、語られなかったということ自体が、ひとつの面影のように、こちらを見返してくる。
読む目をした女だった、と思う。――誰も、それを書き残してはいないけれど。