選べない時代を生きた4人の女たち ―― 濃姫・お市・淀殿・江
あなたの人生でいちばん大きな決断は、ほんとうに自分で決めたことだっただろうか。
住む場所も、隣にいる人も、選んだつもりでいる。けれど振り返ると、そのときの流れが、そうとしか運ばなかった気もする。
四百年以上前、その流れを、自分ではほとんど何ひとつ選べなかった女たちがいる。
織田信長の妻、濃姫。信長の妹、お市。そして、お市の娘の淀殿と江。同じ一族のなかで、同じ時代の流れにのまれながら、四人はまるで違う生き方を選んだ。
濃姫 ―― 誰の駒にもならなかった

父は斎藤道三。油売りから身を起こして美濃一国を奪い取り、「美濃のマムシ」と恐れられた男だ。その娘というだけで、濃姫は生まれたときから決めつけられていた。
嫁ぎ先も、自分では決められない。送り込まれたのは、となりの国で「うつけ」と笑われていた若い当主、織田信長のところだった。
父が「夫がうつけなら、これで刺せ」と短刀を持たせたとき、濃姫は「ならば、舅(しゅうと)さまを刺す刀になるやもしれませぬ」と返したと伝わる。ずっとあとの時代に書かれた話だ。それでも、父にもつかず、夫にもつかない濃姫という人の芯を、これより短く言い当てた言葉はない。
濃姫は、声を荒げて自分を通す人ではなかった。まわりの流れを読み、波風を立てず、それでいて、いちばん大事なものだけは誰にも渡さない。亡くなった年さえ、今もわかっていない。それでも、誰ひとり彼女を「いなかった」とは思わない。
お市 ―― 最後の一度だけを、自分で選んだ
信長の妹、お市。戦国一の美女とうたわれた人だ。
兄の決めた相手、近江の浅井長政のもとへ嫁ぐ。織田と浅井の同盟のための婚姻だったが、二人の仲は良かったと伝わる。三人の娘にもめぐまれた。
そのおだやかさを壊したのは、ほかでもない兄だった。信長と長政が敵どうしになり、兄が、妹の嫁ぎ先を攻める。小谷城が落ち、長政はみずから命を絶った。お市は三人の娘とともに城を出て、兄のもとへ戻される。
数年後、信長も本能寺で倒れる。お市は柴田勝家のもとへ嫁ぎ、勝家が羽柴秀吉に敗れると、北ノ庄の城が二度目の炎に包まれた。
このとき、お市は娘たちを城の外へ逃がした。そして自分は、勝家とともに城に残った。
生まれる家も、嫁ぐ相手も、その嫁ぎ先を攻める兄のことも、彼女が決めたものではない。それでも、最後に炎のなかへ残るという一点だけは、誰にも渡さなかった。
淀殿 ―― 背負ったものを、最後まで背負いきった

お市の長女、茶々。四つのとき父の城が焼け、十四のとき母の城が焼けた。二度、いちばん近い者を炎に奪われて、それでも生き残った。
その茶々を側室に迎えたのは、父と母を死へ追いやった側に立つ羽柴秀吉だった。むごい巡り合わせのなかで、彼女は淀殿と呼ばれ、世継ぎの秀頼(ひでより)を産む。
秀吉が世を去ると、淀殿は幼い秀頼を抱え、傾いていく豊臣を一人で背負った。寺を建て、鐘を鋳させ、豊臣が続くようにと祈った。その鐘の「国家安康」の四字を、徳川家康は自分の名を断ち切る呪いだと言い立て、戦の口実にした。
三度目の炎を、淀殿は生き延びなかった。秀頼とともに大坂城に残り、みずから幕を引いた。
悪女と呼ぶ声は、あとの世がつくったものにすぎない。彼女はただ、背負ったものを最後まで背負いきった。
江 ―― 流されても、終わらなかった

お市の三女、江(ごう)。生まれてまもなく父の城が落ち、十のときには母の城が焼けた。
江は、三度嫁いだ。最初の相手は佐治一成(さじ かずなり)。けれど秀吉が政略の都合で二人を引き離す。二度目は秀吉の甥・豊臣秀勝。秀勝は朝鮮への出兵中に病に倒れた。三度目の相手が、徳川秀忠だった。
やがて姉の淀殿は大坂城に、妹の江は徳川の跡取りの正室の座にいた。同じ炎を二度くぐった姉妹が、そのまま敵味方に分かれた。大坂城が焼けたとき、姉は城とともに幕を引き、妹は勝った側に立っていた。
江は秀忠との間に子をもうけ、そのうちの一人がのちの三代将軍・家光となる。
抗って砕けた姉の生き方は、物語になりやすい。江は、そうしなかった。差し出された縁を受け、そのたびに新しい家で生き直した。抗うだけが強さではない。流れに身を置いたまま、終わらないでいることも、ひとつの強さだ。
同じ流れのなかで、四つの生き方
誰の駒にもならなかった濃姫。最後の一度だけを自分で選んだお市。背負ったものを背負いきった淀殿。流されても終わらなかった江。
四人とも、生まれる家も、嫁ぐ相手も、自分では選べなかった。それでも、選べない流れのなかでどう立つかだけは、それぞれが自分で決めていた。
アイキャッチ:「浅井長政夫人像」(お市の方・高野山持明院蔵・パブリックドメイン/Wikimedia Commons)。本文中の人物画はイメージです(実在の肖像ではありません)。