江 ―― 流されても終わらなかった女
あなたの人生でいちばん大きな決断は、ほんとうに自分が決めたことだっただろうか。
住む場所も、隣にいる人も、選んだつもりでいる。けれど振り返ると、そのときの流れが、そうとしか運ばなかった気もする。
四百年以上前、その流れを一度も自分の側に引き寄せられないまま、三度も嫁ぎ先を変えられた女性がいる。江(ごう)だ。
浅井長政とお市のあいだに生まれた、三姉妹の末の娘である。
生まれてまもなく父の城が落ち、十のときには母の城が焼けた。二度とも、江はまだ何も選べない歳だった。
この時代、誰といつ結ばれるかは、当人の気持ちで決まらない。家と家の勘定で決まり、その日取りは暦で選ばれた。
出陣の日を吉凶で計ったのと同じように、婚礼の日も方角も、星回りと無縁では決められない。
江の縁組も、その作法どおりに結ばれた。最初の相手は尾張大野の佐治一成(さじ かずなり)。
けれど天下人となっていく秀吉が、政略の都合で二人を引き離す。暦が選んだはずの縁を、人の手が書き替えたのである。
二度目は秀吉の甥・豊臣秀勝(ひでかつ)。朝鮮への出兵中、秀勝は海の向こうで病に倒れた。
三度目に暦が選んだのは、徳川秀忠。敗者・浅井の娘は、次の勝者の家へ送り込まれた。
秀吉が世を去ると、姉の茶々は淀殿として大坂城にいて、妹の江は徳川の跡取りの正室である。同じ炎を二度くぐった姉妹が、そのまま敵味方に分かれた。
大坂城が焼けたとき、姉は城とともに幕を引き、妹は勝った側に立っていた。三度書き換えられた縁組が、そこへ運んだだけだ。
江は秀忠との間に子をもうけ、そのうちの一人がのちの三代将軍・家光となる。将軍の正室として江戸城で歳を重ね、五十四ほどで世を去った。崇源院と呼ばれる。
抗って砕けた人の生き方は、物語になりやすい。姉の淀殿がそうだ。
江は、そうしなかった。差し出された縁を受け、そのたびに新しい家で生き直した。
けれど、抗うだけが強さではない。流れを読み、そこに身を置いたまま終わらないでいることも、ひとつの強さだ。
三姉妹の生涯をまとめて追った本がある。
自分では明日を選べなかった女が、最後に将軍の母として残った。運命に読まれ続けた一生の終わりに、彼女はまだそこに立っていた。