みずちの前みずちの前闇の女霊脈譚
仏教のことば

先が見えなくて不安なときに読む、空海の言葉

弘法大師(空海)像

この先、どうなるんだろう。このままで、いいんだろうか。

答えの出ない不安で、眠れない夜がある。考えても答えは出ないと分かっていて、それでも考えてしまう。

そんな夜に読んでおきたい言葉が、千二百年前の日本にある。

生まれ生まれ、死に死に

 生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、  死に死に死に死んで死の終わりに冥し

弘法大師・空海が、『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』という書物の始めに書いた言葉だ。

何度生まれ変わっても、自分が生まれる前のことは、わからない。何度死を重ねても、死んだ先のことは、わからない。人の始まりも終わりも、くらいままだ。そういう意味の言葉である。

空海でさえ、「くらい」と書いた

空海は、唐へ渡って密教を学び、日本に真言宗を開いた人だ。千二百年たった今も、「お大師さま」と呼ばれて慕われている。

その空海でさえ、人の始まりと終わりを、はっきり「くらい」と書いた。

先が見えないのは、あなただけではない。先が見えなくて怖いのは、あなたが弱いからでもない。人とは、もともとそういうものだと、空海は最初に言い切っている。

嘆くための言葉ではない

ただし、空海はこの暗さを嘆くために、この言葉を書いたのではない。

『秘蔵宝鑰』は、迷いの中にいる心が、悟りへと歩んでいく道のりを、十の段階に分けて示した書物だ。空海はその入り口に、この「くらさ」を置いた。

くらいところから歩き出す。それが、この書物の始まりである。

今日の一歩ぶんだけ、明るければいい

遠い先まで、見えなくていい。今日の一歩ぶんだけ、明るければいい。

暗い夜だからこそ、小さな灯りはよく見える。

空海の言葉は、書物のなかだけに残っているのではない。私たちが毎日つかう言葉のなかにも、仏教はそのまま生きている。

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引用:空海『秘蔵宝鑰』序。画像:弘法大師像(パブリックドメイン/Wikimedia Commons)